【御朱印巡り】浦安・大蓮寺の御朱印|金色の宗紋が美しい浄土宗の古刹

千葉県浦安市にある光縁山 勢至院 大蓮寺(こうえんざん せいしいん だいれんじ)で御朱印をいただいてきました。東京メトロ東西線「浦安駅」から徒歩約5分。ディズニーリゾートのイメージが強い浦安ですが、駅のすぐ近くに、戦国時代から続く由緒あるお寺がひっそりと佇んでいます。

いただいた御朱印について

今回拝受した御朱印は、見た瞬間に「おっ」と声が出るほど特徴的なものでした。

まず目を引くのが、左上の金色の宗紋ワッペン。浄土宗の宗紋「月影杏葉(つきかげぎょよう)」と、山号・院号である「光縁山 勢至院」が金色で立体的にあしらわれており、大蓮寺ならではの非常に凝った仕様になっています。

中央には、ご本尊である「阿弥陀如来(あみだにょらい)」の力強い墨書。そしてその上には、阿弥陀如来の立像のお姿をかたどった朱印が捺されています。墨書の黒、朱印の朱、宗紋の金。三色のコントラストが本当に美しい一枚です。

大蓮寺の基本情報

正式名称:光縁山 勢至院 大蓮寺
宗派:浄土宗(総本山は京都・知恩院、大本山は東京・芝の増上寺)
ご本尊:阿弥陀如来坐像(恵心僧都の作と伝わる)
創建:1544年(天文13年)
所在地:千葉県浦安市堀江4丁目14番2号
アクセス:東京メトロ東西線「浦安駅」から徒歩約5分
札所:行徳・浦安観音霊場三十三ヶ所 第33番札所

見どころ① 「勢至菩薩像」を守るために生まれたお寺

大蓮寺の歴史は室町時代後期、戦国まっただ中の1544年にさかのぼります。当時の浦安は、江戸もまだ開けていない頃の、江戸川河口の小さな漁師町でした。

その町外れのお堂に、奈良時代の名僧・行基が彫ったと伝わる見事な勢至菩薩像が祀られていました。小田原から行脚してきた覚誉存栄(かくよぞんえい)上人がその素晴らしさに深く心を打たれ、「この尊像を末永くお守りしたい」と、故郷・小田原の自坊と同じ「大蓮寺」の名で寺を開いたのが始まりです。院号「勢至院」は、まさにこの勢至菩薩像に由来しています。現在もこの像は開山堂に安置され、安産祈願の参拝者が多く訪れます。

見どころ② 不思議な伝説が残る「久助稲荷(きゅうすけいなり)」

山門の脇には「久助稲荷」という小さなお社があります。

江戸時代、大蓮寺から出世して増上寺第39世法主となった学誉冏鑑(がくよけいかん)上人。その上人の夢の中に、かつて大蓮寺で働いていた「久助」という使用人が現れ、「大蓮寺のお稲荷様が荒れ果てているので直してほしい」と願い出ました。上人が驚いて寺へ問い合わせたところ、なんと久助は二十数年も前に亡くなっていたことが判明します。

お稲荷様が久助の姿を借りて現れたのだろう——。その志に感謝し、修築費用を出して整えられたのが、今に伝わる「久助稲荷」です。今でも地域の人々に大切に信仰されています。

見どころ③ 福岡藩の藩邸の門を移築した山門

実は大蓮寺の山門は、かつての福岡藩江戸藩邸の門を移築したものと伝えられています。何気なくくぐってしまいそうですが、大名屋敷の格式を今に伝える貴重な建造物。参拝の際はぜひ門そのものにも注目してみてください。

見どころ④ 鐘楼と「時の鐘」

境内には鐘楼(鐘つき堂)があります。かつては海や田畑へ出る漁師・農民たちに時刻を知らせる「時の鐘」として親しまれ、現在も大晦日の除夜の鐘として地域に響き渡ります。

見どころ⑤ 現代の名園

大蓮寺は庭園の美しさでも知られています。重森三玲に師事した作庭家・吉河功による「薬師如来瑠璃光浄土之庭」「二十五菩薩来迎之庭」「二河白道之庭」など、浄土の世界観を表現した現代の名園を鑑賞できます。

まとめ

戦国時代から続く深い歴史、不思議な久助稲荷の伝説、大名屋敷の門、そして美しい庭園。コンパクトな境内ながら見どころが凝縮された大蓮寺。金色の宗紋が輝く御朱印も含めて、御朱印巡りの一寺として強くおすすめできるお寺でした。浦安駅からすぐなので、お参りもしやすいですよ。

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